いつも大切にしたいこと

本日②発目な感じの今日此の頃如何御過しでしょうか?今日はしがない爺です。

<学祭に関して久し振りに長々と>
一年生のころは無我夢中で本人は気が付いて居なかったが色々な物を求めていた。
二年生のころは無我夢中で去年の経験を生かすことが出来なかった。
三年生のいまは無我夢中で一年生のころのことを分析している。

最近は去年とは打って変わって色んなものに配慮しながら発言するように心掛けているつもりである。
何故か、と問われるとそれは意外と簡単に出て来る。
去年私が彼らの立場だったときに行われた、様々な介入は色々なものがあって、
その中には、非常に感謝に値するものとそうでない物とに広く分布しており、それらは時として首脳陣の主な悩みだったりしたからである。
先輩の意見は、やはりとても強力な権威を持っていて、
それらは後輩にっとては重い呪縛のように絡み付いてくるものである。

しかしながら、彼らに見えていない私達に見える問題を放置しておくのはそれ以上の罪だと考える。

私がやって貰えなかった事を出来るだけしてあげたいと思うのは、もしかしたら私の我侭なのかも知れないと、も思うこともある。
それでも尚清濁併せ呑むように、日向に影に彼らを助けて上げたいと。

私は去年して貰いたかったのに、して貰えなかった事の中でまだ今年やっていないことがある。
今思えば、それは危険性を大きく孕んだ行為で、今年はもしかしたら選択しなくてもいい行為かもしれないし、私の弱さが生んだ要望だった。
私が実行委員会に関係してからこの時期で早くも二年が経ち三年目に入った。
只、私は今でもたった一言のアノ言葉だけは、かけて貰いたいと思っている。
前線をを去った今でも思っているし、前線を去った今だからこそ思っている。

出来ることなら、今年はかける必要性がある人が出て欲しくないと願っているが、その兆候は少しずつながら表れてきていると私は見ている。まあ実際にどうなるかは解からんがねぇ。

まあ何はともあれ、着実に歩を進めていくお手伝いができるようにして行こうと、
そうでないと、彼等も私達も報われないので。

最大で幸せになる方法を探していければと。